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三章「動-遊びの天才になるために」PP.186〜194 より引用 抱っこやおんぶによって、十分に手足の力を育成された赤ちゃんは、はいはい、つかまり立ち、つたい歩きの時期を経て、ひとり立ち、ひとり歩きをするようになります。ここにおいて、動物の境界を越えて、ヒトの特佐を備えた道を歩み始めることになるのです。 ところがこの頃の子どもたちは、折角の特性を活かすことなく、歩く機会が目に見えて減ってきてしまっています。むしろ親が歩かせなくなってしまったというべきでしょう。人が建つことは、健やかに通 じます。立つことが健やかに通じるならば、歩くことはより心身の健康につながってくるのではないでしょうか。 歩くことの減少によって、子どもたちの身体に色々な歪みが生じてきています。 その一つに土ふまずの形成不全があります。土ふまずは二足直立歩行をするヒトにしか形成されないもので、跳んだり飛び降りたりする時の衝撃を和らげるクッショソ、足首の保護、歩行時における煽り動作の効率を高めるなどの役目をしています。土ふまずの形成率は三歳頃から急激に高まってゆきますが、これは歩くことによって必然的に土ふまずが形成されてゆくことに他なりません。 もっと足を使わなきゃ四十年以上にわたって、三十万人以上の足の裏を診つづけてこられた竹之内診佐夫さんは、この四十年問で日本人の足の裏が大きくさま変わりしたことを憂えています。具体的には扁平足が増え、土ふまずから趾のつけ娘にかけてのふっくらした部分が大変やせてきています。これは、前述の進化の過程を見ても明らかなように、四十年問で日本人の足の裏がはっきりと退化していることを示しているのです。 その原因としては、靴によるしめつけ、交通機関の発達、エレべ−ター・エスカレーターの普及など急激な都市化によって歩かなくなったこと、歩かないことによって足が足としての機能をもつまでに発達していないことの相加作用によるものと考えられます。竹之内さんは日本人の足の裏は危機に瀕しており、このまま足の裏の健康を放置しておく状況が続けば、短命化の道をたどりかねないと危惧しておられるのです。 前述の正木健雄さんの調査による子どもの身体のおかしさ急増ヮースト3のうち、保育園の一位 は内股で転びやすいです。私ども小児科医が三歳児検診の時などにも、それを痛切に感じます。こうした子どもたちをみていると共通 した特徴がみられます。足の拇指と小指、特に拇指がきわ出って内側を向いてしまっているのです。これを拇指内向といい、子どもの健康上もっと注目されねばならないのです。 少し注意してみればすぐにわかることですが、立つこと、歩くこと、跳ぶこと、小回りすることなど、下半身を使うすべての動作に拇指がきわめて大きくかかわっています。昭和三十年代以降、オリンピックその他の競技会で日本選手の成績は低下の一途をたどっています。特に日本の得意種目であった柔道・水泳・卓球・バレーボール・体操などに顕著です。私はその原因に拇指内向があるとすら考えているのです。 それでは拇指内向の原因は何でしょうか。拇指内向が生まれつきでないのははっきりしています。生まれたての赤ちゃんは足の指と指の間が大きく開いていますし、しかもしばしば、さらに外へおしひろげようとさえするのです。これは身体を安定させるための一種の自己防衛反応といってよいでしょう。それが昔の子どもと比較して、年齢が進むにつれて次第に内側に向いてしまうのは、一つはここ三十年釆の乳幼児期からの革靴の普及によるものと考えています。一見かわいらしく見える革靴が無批判に使用されそれが子どもたちの指(特に拇指と小指)を締めつけているのです。 アメリカでは早くからこのことに気づいており、拇指内向のひどい人(大人も含め)のためにトウ・フレックスやトウ・キャップが売り出されています。指と指の間に挟んだり、指にかぶせたりして指間をおしひろげようとする物です。日本でもこの頃、類似の物が販売されています。しかし、日本ではこのような器具は必要ないと思います。古来、履き続けてき草履・下駄 ・わらじなどがあるからです。可愛いからといって安易に革靴を子どもに履かせないよう、これは若いご両親よりもおじいちゃん、おばあちゃんに望みたいところです。 足の裏博士としても高名な東京工業大学体育生理学教授の平沢弥一郎さんは「人間の重心は年々身体の後方に移動、二十一世紀には足裏の長さを百とした時、踵から三十三%のところに重心がくるようになり、その十年後にはさらに後方に重心が移動するため身体を支えられなくなり、そのため日本人は立つ能力を失ってしまうだろう」と指摘しています。自給自足にしか生きる術を見出しえなかった縄文人は、食を得るためにも一日五十〜六十kmの歩行を余儀なくされました。 その縄文人の足の重心は踵から五十〜六十%のところにありました。一九六〇年代の大人は四十%、そして今の子どもが大人になる時は三十三%を割るだろうというのが平沢さんの推測です。いかに今の日本人が急激に足を使わなくなったか、そのきざしは奴道や階段を上がっている時の子どもたちの姿に認められます。ほとんど前傾姿勢をとることができていないのです。これではとても重いリュックサックを背負っての山登りなど望むべくもないでしょう。小学校の朝礼の時間も以前に比べるとはるかに短縮されていますが、それでもなおかつ倒れる子どもが出る痛ましい現状なのです。 それにしても、子どもたちは歩かなくなりました。そのきざしは幼稚園の通 園バスや保育園の親の自転車や自動車での送り迎えに見られます。ある人は「幼稚園や小学校には遠足がなくなって園バスばかりになった」と嘆いておられますが、私も全く同感です。私の診療所の近くに、六十年余りの伝統ある巴幼稚園がありました。巴幼稚園ではここ十年釆、入園希望者が減り続けてきました。その大きな理由は園バスがないことでした。保母さんたちは栃折園長に通 園バスを購入することをすすめました。しかし、父娘二代にわたっての園長さんは、親子は手を携えて通 園することに意義があるという信念を貫き通されました。その結果、昨年四月に閉園のやむなきに至りました。私は栃折さんの信念に心から敬意を捧げる一方で、通 園バスや給食の有無を園選びの第一基準にするような風潮に淋しさを禁じえないのです。 土ふまずの形成不全や拇指内向、さらには歩かない習慣を予防するよい方法に、はだしがあります。土ふまずのたかまりを保持する筋肉を強くしなければなりません。そのためには幼児期からはだしで凸 凹のある地面や披道で十分に遊ぶのが効果的です。コンクリートではなく土のある所を選ぶことも大切でしょう。大地をはだしで踏みしめる習慣を小さい時からつけておくことは、足指の鍛練になるばかりではありません。手足は運動器官であるばかりでなく感覚器官でもあることを忘れてはなりません。大地をはだしで踏んだ時の感覚は、足にある感覚の受容器を通 して中枢に伝えられ、この情報は大脳の運動野から再び足の筋肉に送られ、足の運動が円滑に続けられることになります。下肢を動かす筋肉は全身の筋肉の2/3に及びますので、脳細胞に与える刺激も大きく、足を十分に使うことは、子どもの心身の発達に大変好ましいのです。 神奈川県座間市にある、麦っ子畑保育園は創立十四年になります。普通の農家を利用して、ふすま・障子その他間仕切りをすべて取り除きました。混合保育の子どもたちは保育の大半を戸外で過ごし、本当によく遊びよく歩くのです。屋内で過ごす時もガラス戸は開け放され、子どもたちははだしです。さすがの私もびっくりしたことは、屋外に風呂桶があり、冬のさなかで雪が降っている時でも子どもたちが戸外で入浴することでした。園長である大島貴美子さんの確固とした信念に敬服するとともに、それに全面 的に協力している保母・父兄の方々に心からの共感を覚えたことでした。子どもたちの皮膚ははじけるようにつややかで、目はまさにキラキラと輝いて活力がひしひしと伝わってくるのを感じました。 最近、麦っ子畑保育園のような園や小学校が少しづつでも増えてきているのは、小児科医として喜ばしく思います。はだしを取り入れている園や学校は、全国では二百以上とかなりの数になります。そうした所の報告によると、子どもたちは最初は身体全体を緊張させていて、縮こまって歩いており、しかも足の裏のケガが多いそうです。ところが一ケ月、二ケ月と続けているうちに、動きが伸び伸びとしてきて、雑木林の中を走り廻れるまでになります。それとともに、指がよく開くようになって足指全体の動きがよくなるため、踏ん張る力がついて転びにくくなると言います。 よく歩く子どもたちは、当然のことながら下肢の血液の循環がよくなります。ごく自然な形で理想的な健康状態である。<頭寒足熱>が保たれことになるのです。このように足と健康とはきわめて密接な関係があります。足がすべての病気と直接関係があるなどとは言いませんが、間接的な関係も含め、極言すれば<足がよければすべてよし>とすら言えるのではないかと思います。
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